サラリーマンという働き方について考えてみた

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勤め人の悲劇

バイトというのは時給幾らという感じで、あなたが働いた時間の分だけ給料が貰えるシステムだ。

仕事を休んだりした場合は、当然一円も入らない。

サラリーマンやOLの場合は月給制で、いろいろな会社の手当てや保証もつくから収入や雇用面ではバイトより安定していると言える。

これが公務員ともなってくると更に待遇は良くなってくる。

しかし、雇われの仕事というものは勤めるのを止めた途端にあなたに収入は入らなくなる。

給料を毎月貰い続ける為に多くの人達は、年金の支給される年齢になる迄、つまり定年になるまで働き続けなければならない。

職場には毎日決められた時間に出勤しなければならず、例え満員電車にもみくちゃにされるのが嫌だと言ってもそんな個人的な我儘が通る筈もない。

あなたはどんなに眠くとも毎朝定刻に起きて職場に行き、会いたくもない同僚や上司と顔を突き合わせ、仕事が終わるまでは家に帰りたくても帰れず、サービス残業という名の日本特有のタダ働き制度に従わされる事になる。

仕事に疲れ切って帰宅した後はまた明日も仕事かぁ、と思いつつ一杯やりながら床につく。週末の休日が待ち遠しくて仕方がない。

そしてまた朝が来れば、例え出勤したくないような気分が乗らないという日であっても、自分に鞭打って重い足を引きずる思いで会社に行かなければならない。

それが何年も何十年も先までずっと繰り返されるのだ。

生きる為にはカネが要る。とは言っても毎日会社で興味の無い仕事を定年まで続けるのは誰だって好きじゃない。

それでも生きていく為には、これも仕方の無い事と自分に言い聞かせ、今日もあなたは満員電車に揺られて出勤だ。

奴隷のような労働者

サラリーマンのような勤め人には、時間の自由というものが無い。

会社に勤めている人には、ちょっとしばらくの間働くのを休んで遊んだりという事は許されないのだ。

いつか一人で世界を一周してみたいとか、しばらく南の島でのんびりしたいとか思っても、そういう夢は勤め人には到底実現不可能。

我が国では勤勉こそが美徳で遊びに精を出すのはけしからんという考え方だし、まとまった有休というのも申請しづらいものだ。

欧米とは異なり、サラリーマンが夏に一ヶ月のバケーションなんぞ取得するなんてのは以ての外だが、その結果が過労死等の問題を引き起こしている。

※ちなみに英語で過労死はkaroshiというが、まさにこんな現象は陽気でのんびりとした南国などには存在しない、到底理解の出来ないものなのだ。

だが、この国のこういう風潮や考え方、現実というのは個人がどんなに疑問に思ったところで今更変えようがない。そういうのが嫌ならばそもそもサラリーマンというものはやるべきではない。

労働の対価として、給料を貰うサラリーマンという働き方は一番安定的で確実にカネを稼げる方法ではあるが、一番不自由を感じるのも事実。

だから、雇われの身というものは辛いのだ。

人に雇われずにカネを稼ぐ生き方を

だがもし、あなたが自分で仕事をしたりしてカネを稼ぐ事が出来るようになれれば、会社なんかに行かなくても済むから、こうした不自由を味わう事無く生活が出来るようになる。

そして、カネを稼ぐ理想の方法は労働せずに得るか、又はかける手間が少なくても入る収入は多くなるような効率的な稼ぎ方であって、なるべく人生の早いうちからこういう事について知っている人ほど後々楽が出来るようになっているのが世の中なのだ。

⇒憧れの不労所得生活を目指せ!!

こういう考え方は一般的には邪道とされ、あまり良くない印象を持つ人もいる。

特に一昔前迄は、真面目に無遅刻無欠勤で会社に定年まで勤める事こそ人間として当然の義務であるとさえ思われていたから、考え方の古い人達は特に難色を示すような場合があるだろう。

確かに雇われの時と比べれば収入の不安定さや、その他不確実な側面はどうしてもあるものだ。

ましてや、世話をする両親や養うべき家族がいる人にとっては、毎月の収入が安定していない事にはお話にならない。

しかし、勤め人という安定した働き方に疑問を抱きつつも一生それを続けていくのか、どこかで思い切ってそこから抜け出す努力をしてみるのか、どちらを選ぶかはあなた次第である。

何も今スグに退職届けを出して会社を辞めなくとも、最初は副業等で少しづつ自分でお金を稼ぐ事を覚えて行くようにすればいいのだから。

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